0:48愛宕山 31:48延陽伯 56:01鴻池の犬 1:28:11仔猫 1:59:09エンドトーク
「愛宕山」
上方落語の演目。春山の行楽を描いた華やかな噺で、京都の旦那と大阪出身の幇間とのユーモラスなやり取りが見どころ。一八と茂八(または繁八)は大阪ミナミをしくじって京都祇園で働く幇間。春先のこと、京都の旦那が「気候もいいので野駆け(ピクニック)をしよやないか」と発案する。二人は旦那に加えて芸妓や舞妓、お茶屋の女将らとともに西へ向かって出発するのだが・・・。山行きの足取りや番傘での飛び降り、谷底から飛び上がってくるシーンなど要所で派手なアクションが入るため、長時間の話芸とともに相当の体力が要求される大ネタである。3代目三遊亭圓馬により江戸落語にも移入された。
「延陽伯」
古典落語の演目。別題に「たらちね」「たらちめ」。たらちね(垂乳根)は母にかかる枕詞。江戸落語では「たらちね」の題で演じられる。難しいとされる女房の言葉遣い(女房言葉)は、江戸落語では格式のある京言葉、上方落語では格式張った漢語とされる。八五郎が長屋の大家に呼ばれて行くと縁談話という。年は二十で、器量は十人並み以上、夏冬の着物もそろえているという、まことに結構な話だが、うま過ぎる話だと半信半疑になり何か訳ありなんじゃないかと聞くと「とても良い娘だが、言葉遣いが古典的で丁寧すぎて伝わらないことがある」と聞かされるが八五郎はそんなことは気にしないと言ってこの縁談を受けたが祝言の当日二人きりになると・・・。
「鴻池の犬」
上方落語の演目。前半は拾われた捨て犬が豪商にもらわれていく内容で、後半は貰われた子犬が成長し近所のボスになった犬を主人公に描かれる。ある商家の軒先に捨て犬があった。丁稚が主人の許しを得て黒、白、ぶちの子犬3匹を世話するなか、通りすがりの男から黒犬をほしいという申し出がある。その男は、日を改めて吉日に再び来た。持参したのは、鰹節、酒、反物の数々。これは犬には不相応として主人はこの話を断るのだが、その男から日を改め引き出物を持参した訳を聞くと・・・。鴻池 善右衛門(こうのいけ ぜんえもん)は、江戸時代の代表的豪商の一つである摂津国大坂の両替商・鴻池家(今橋鴻池)で代々受け継がれる名前。
「仔猫」
上方落語で知られる怪談噺の一種。働き者で愛想の良い女中「おなべ」が、夜な夜な不気味な行動をしている噂から、その部屋で血みどろの猫の毛皮が発見されるという背筋が凍る内容。見どころは、前半の恐怖感漂う場面での芝居がかった告白シーンは、上方落語特有の演技力が要求される見せ場となっています。一転して、最後のダジャレで落とすサゲは「猫を被る」という慣用句(本性を隠して大人しく振る舞う)と、実際に猫を捕って食べていたという状況を掛け合わせた秀逸な言葉遊びになっています。
桂 枝雀
入門時から稽古には熱心で、深夜の歩行中にネタ繰りをして警察に通報されたり、ネタ繰りに没頭するあまり掃除機を部屋の随所にぶつけて什器を壊したりした。米朝の妻は、「周りを気にせずのめり込む人は、後にも先にもあの子のほかにはいなかった」と評している。この「私生活の間も落語の稽古をする」という習慣は、枝雀として名をなした後年も変わらなかった。1973年(昭和48年)10月に道頓堀角座で「2代目桂枝雀」を襲名。この襲名は、6代目笑福亭松鶴の「小米には枝雀という名前がええで!」という意向で決まった。これを機にそれまでの落語を大きく変える。初代桂春団治にもたとえられる所作や声の激しい芸風となり、多くの観客を爆笑させ、大衆的な人気を得た。1997年高座で「鬱なんです」と告白し、客席の笑い声に「笑いごとじゃないんですよ」と続けた。この会の後、出演を控えて闘病生活に入る。復帰するものの満足のいく口演が出来ず1999年自宅で自殺を図り病院に搬送され同年4月19日に心不全のため死去。満59歳没。遺書やそれらしい発言は全くなく、真相は不明。
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