0:48軽業 31:47百人坊主 1:09:12矢橋船 1:34:43こぶ弁慶 2:16:45エンドトーク
「軽業」
上方落語の演目。道中噺「伊勢参宮神乃賑」の一編で、「もぎ取り」と「地獄八景」の間の話とされる。
伊勢参りの道中に通りがかった村で軽業が演技をしている小屋に遭遇し、演じる太夫が落下事故を起こす情景を描く。喜六と清八のコンビが、伊勢参りの帰り道にある村へ到着。妙に賑やかなので聞いてみると、「氏神さん六十一年目の屋根替えの正遷宮」だという返事が返ってきたのでそのまま見物することにする。「一間の大イタチ」や「天竺の孔雀」などというインチキ興行に振り回された後、軽業の舞台を発見した二人は「これなら大丈夫だろう」と見学することに。木戸銭を払った二人が小屋に入ると・・・。
「百人坊主」
上方落語(古典落語)の演目。別題として『「百人坊主勝負の魁 ひゃくにんぼうずしょうぶのさきがけ」伊勢参りの道中での喧嘩沙汰を避けるために暴力をはたらいたメンバーを坊主刈りにする罰を定めて、坊主頭にされた男が一人先に戻って仕返しをした結果、関係者がみな坊主頭になるという内容。江戸落語の「大山詣り」(こちらにも「百人坊主」の別題あり)とプロットが共通しており、サゲ(落ち)には同様に「お毛がのうてお目出度う」で落とすものもある。前田勇は「東京のは大阪から移植したもの」としている
「矢橋船」
上方落語の演目。「矢橋舟」とも表記する。別題「矢橋舟雀丸の由来(やばせぶねすずめまるのゆらい」。道中噺「伊勢参宮神乃賑(東の旅)」の一編で「走り餅」の前に位置する。琵琶湖の渡し船に有名な刀を探す侍が乗り合わせており、相客の持っていた刀が探す一物ではないかと疑って起きる騒動を描く。宇井無愁は、初代桂文治による道具芝居咄のうち落ちだけが残ったもので3代目桂米朝が復活させたとする。落ちは別演目の「竹光」(江戸落語では「小鳥丸」)と同じであるが、内容としてはまったく異なる
「こぶ弁慶」
上方落語の演目。別題に「大津の宿瘤弁慶」作者は近世末期の初代笑福亭吾竹。道中噺「伊勢参宮神乃賑」の一編で、やはり「伊勢参宮神乃賑」の一編である「矢橋船」と同様、視点が喜六と清八から「壁土好きの男」に移る構成になっている。伊勢参りを済ませた喜六と清八の二人が、大坂へ帰る道すがら大津の宿で壁土を食べるという変わった嗜好を持つ男の体に、武蔵坊弁慶を名乗るコブができてしまう。主な演者として、5代目桂文枝など
三代目 桂 米朝
現代の落語界を代表する落語家の一人で、第二次世界大戦後滅びかけていた上方落語の継承、復興に大きく貢献した。その功績から、1996年(平成8年)に落語界から2人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章受章者となった。位階は従三位。戎橋松竹で初舞台後、長年千土地興行(後の日本ドリーム観光)に所属し、千日劇場を本拠に道頓堀角座やうめだ花月にも出演したが、1968年3月以降はフリーとなり、ホール落語、独演会、一門会を中心に活動するようになる。ラジオパーソナリティーを務めていた近畿放送の「天壇ゴールデンリクエスト」の縁で1966年7月16日、初の独演会「米朝 スポットショー」を京都府立勤労会館で開催、その流れで10月25日に現在でも続く桂米朝落語研究会をスタート。1974年、千土地時代の担当マネージャーを社長に据え芸能事務所米朝事務所を設立。現在一門の多くがここに所属する。
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